アジア初開催ヘアワールドの目玉商品自動洗髪機アクアバイブロ

タカラベルモントは、創業以来様々な製品を開発し、様々な出来事を体験して成長してきました。このコーナーでは、その中の一つの出来事を取り上げて紹介いたします。

今回は自動洗髪機アクアバイブロの開発についてのエピソードです。

アクアバイブロ以前にも自動洗髪機が

自動洗髪機アクアバイブロの発売は1993年。しかし、当社の自動洗髪機はこれが初めてではありませんでした。

実は、1975年に当社は「シャンパー」という名称の自動洗髪機を発売していました。当時、当社を含め4社が自動洗髪機を製造・販売していましたが、業界では手で丁寧に行うシャンプー技術を売りにしていたことや製品の技術的な限界もあって各社ともに成功したとはいえませんでした。

では、なぜあらためて自動洗髪機の開発に着手することになったのでしょうか?タカラベルモントOBで永年にわたり製品開発に携わってきた西山昭雄氏(故人)に話を聞きました。

吉川秀一社長から直々に

1988年10月だったと思うのですが、故 吉川秀一社長に呼ばれまして、「以前の洗髪機は巧くいかなかったが、目覚ましく進化しているマイコン制御技術を取り入れれば、きっと素晴らしい自動洗髪機が出来るはず。92年にアジアで初めて開催するヘアワールドの目玉商品として開発してほしい」との指示を受けました。

開発パートナー探しからスタート

ところが「シャンパー」を共同開発した会社はすでに倒産。新たなパートナーを見つけることがとりあえずの課題となりました。

幸いにも75年当時の開発本部で、最も優れていると評判だったK社製品(三洋電機製)を調査した事を覚えていまして、その調査資料もしっかりと保存されていました。

そこで、JIDA(工業デザイナー協会)の集いで知り合った三洋電機㈱(以下、三洋と表記)のデザイン部長に相談を持ちかけました。89年7月には吉川邦英専務(当時)に同行をお願し、共同開発する方向で話がまとまりました。偶然にも三洋側でも、従来旨くいかなかった製品を改めて見直そうといった動きがあり、その中に自動洗髪機が含まれていた事も追い風となりました。

1975年に発売されたシャンパー

より良い関係を築くには虚心坦懐の気持ちで

その直後の89年10月に、大変残念な事に体調を崩されていた吉川秀一社長が亡くなられました。私にとって、自動洗髪機を完成させることが秀一社長からの「遺言」に思え、なんとしても形にしなければとの思いが強くありました。

しかし、三洋電機側の開発スケジュールの関係で、具体的な作業は90年6月からとなりました。  それまでの間、互いにより良い関係を築こうと足しげく先方を訪ね、担当者とのミーティングを重ねました。75年当時の開発に際しては、互いに米国のマーティン社の洗髪機を参考品として購入していた等の共通点が大変興味深いものでした。「虚心坦懐」という言葉ではないですが、相手の懐に飛び込んで一生懸命に取り組んだとの思いは強いものでした。

双方の技術を集めて完成

シャンプーテクニックや薬剤の開発は、化粧品事業部の研究開発室に協力してもらいました。洗髪工程で市販の薬剤を使用すると沈澱物が出来、ノズルが目詰まりをしてしまうため、専用の希釈タイプのシャンプーとトリートメント剤を必要としたからです。

92年4月、プロトタイプの実機能品が完成。四角ばったデザインを、理美容サロンに少しでもフィットするように、柔らかさを感じられるデザインに手を加えました。又、外装を構成する重要な部材は、FRPやアクリルの真空成型品ですので、ベルモントプラスチック製の部材を、三洋電機に購入していただく関係も構築することができました。
 
こうして、92年10月、幕張メッセに国内外から多くの人達を迎え華々しく開催されたヘアワールドに、双方の技術を集めて創られた5台の自動洗髪機を展示公開することができたのでした。

1993年に発売されたアクアバイブロ800

※現在自動洗髪機「アクアバイブロ」は更なる進化を遂げ、「アクアフォルテ plus」として理美容サロンの「働き方改革」を推進する「ウルトラハンド」になっています。