グローバル事業の歴史

「世界はひとつ」

タカラベルモントの社訓の一つは「世界はひとつ。」です。

これは創業者 吉川秀信の信念で、そのあとに「商売に国境はない。良い品物は世界中どこでも通用する。世界にはばたけ。」という言葉が続きます。
この信念のもと、タカラベルモントは理容イスを製造するようになった昭和初期から13年頃まで、貿易業務に力を入れます。日本人が渡って行って商売をしたであろう中国・満州を中心に、シンガポールやイギリス領であったインドなどアジア地域へと商圏を広げていきました。

終戦後しばらくして、ようやく理容イスの製造をスタートさせたタカラベルモントですが、昭和23年にインドのバイヤーが商談のために来社した写真が残されており、この頃から徐々に貿易も再開した様子が伺えます。

戦後すぐのころの船積み風景
戦後すぐのころの船積み風景
1948年ごろ商談で来社したインドディーラー
1948年ごろ商談で来社したインドディーラー

U.S.Aへの現地法人設立を足掛かりに世界へ

そして1956年(昭和31年)アメリカ合衆国・ニューヨーク5番街に現地法人TAKARA COMPANY N.Y. INC.を設立し、本格的な海外展開を開始します。

その後イギリス、カナダ、フランス、ドイツ、ブラジルと次々と現地法人を設立していきます。 2000年代からは韓国、台湾、中国、ベトナム、シンガポールとアジア地域へも注力しており、現在海外の事務所は26ヶ所に上ります(2018年現在)。

1959年ロサンゼルスのディーラーを訪問
1959年ロサンゼルスのディーラーを訪問
1957年当時の米国の倉庫
1957年当時の米国の倉庫
1967年ドイツの鋳造会社を訪問
1967年ドイツの鋳造会社を訪問

海外の新しい業界メニューを日本へ

一方で、海外の情報を積極的に国内へ紹介するなど、架け橋となってきました。

1970年の日本万国博覧会(大阪万博)の時には、世界中の人が集まるタイミングであったため、日本で初めての万国理容美容選手権大会を開催。

1973年、ドイツから当時まだなかった「機器を使ったエステティック」を紹介したり、同時に同じドイツのネメクトロン社から、業務用基礎化粧品の輸入販売を行いました。

近年では、2005年に専用のリムーバーで簡単に落とせる南アフリカのソフトジェルネイル製品の国内への提供を開始。
自然な着け心地で爆発的人気商品となりネイルサロンが一気に増加しました。

1973年最初のエステティック機器 ネメクトロン社製
1973年最初のエステティック機器 ネメクトロン社製
日本導入当時の製品ビジュアル
日本導入当時の製品ビジュアル

国内外で業界をサポート

また1999年に始まったプロフェッショナル向けの美の祭典「TWBC」は、当初は海外の新しい理美容の技術を国内に紹介する意図もありました。

現在も理美容師の技術の世界大会「omc」の協賛を行うとともに日本人選手の出場をサポートしています。

1999年初めて開催したTWBC
1999年初めて開催したTWBC
海外の大手サロンオーナーによる経営情報セミナーも
海外の大手サロンオーナーによる経営情報セミナーも
OMC会長フォデラ会長(右)より記念の楯を授与される
OMC会長フォデラ会長(右)より記念の楯を授与される
OMCではプラチナスポンサーとしてサポート。ミラーの提供なども行う。
OMCではプラチナスポンサーとしてサポート。
ミラーの提供なども行う。