100th ANNIVERSARY タカラベルモント株式会社

有限会社ヘアサロン北尾 代表取締役 北尾誠祥先生 欧州から学んだ真の「美」の追求

欧州留学と世界大会優勝を経験

ヘアサロン北尾のオーナーで、現在は全理連の講師も務める北尾氏が、ロサンゼルスで行われた世界大会で優勝したのは1980年。「大会にはタカラの2代目の秀一社長も見に来られていました」大会後すぐに、当時フランクフルトにあったタカラの支社から、北尾氏が修行していた店宛にお祝いも届いた。「秀一社長が私の優勝をとても喜んでくれましてね。1984年に高松であった全国大会の開会式で、私の優勝のことを話してくださったのを今でも覚えています」

北尾氏は高校を卒業して2年間、実家での仕事を経て、20歳のときにオーストリアのウィーンへ留学。それから6年間の修行を経験する。他に留学先の候補としてフランスも挙がっていたが、現地の先生が日本人ではなく、他の日本人も一切いないという、より厳しい環境に身を置くことを決めた。「行けばなんとかなる、日本人の先輩がいないほうがいいというのもありましたね。ウィーンには父と親交のあった先生がいらっしゃって、とにかく朝から晩までがむしゃらに学びました」生活環境はもちろん文化も違う異国の地で、臆することなく挑戦を続けた北尾氏。「日本のように手取り足取り教えてくれるわけではなく、自らどんどん前に出ていかないと落ちこぼれてしまう。それにすぐ気づいて、挑戦していきました。はじめは言葉もわからないので、文字通り見習いとしてしっかり見て真似をしましたね」午前中はドイツ語学校に通い、午後は店に出て、夜はレッスンを受ける。そして、家に帰ったらまた復習する日々を繰り返して、半年くらいで言葉もわかるようになった。そして、北尾氏の日々の努力が結実するかたちで、1980年には世界チャンピオンの栄冠を手にする。

 

仕事熱心で厳しかった父の背中

商いのルーツは、北尾氏の祖父にさかのぼる。故郷の姫路から、北尾氏の祖母の実家があった加西の北条の地に移った北尾氏の祖父は、理髪と宿泊の2つの事業を多角経営していた。

そして、2代目として継いだ先代が理容業に専念して、事業が本格化する。「親父は休みの日も家にはおらず、仕事で出かけることが多かったです。パチンコなどで遊んでいる姿は一度も見たことがないですね。子どもからすると、寡黙で怖いというイメージでした」理容界への貢献も大きく、仕事熱心な先代の背中を見て育った北尾氏は、小さい頃から理容の世界に進むことを感じていたという。「一人息子ではじめからそういうものだと思っていました。特に父から言われたわけではなかったんですが、小学生のときには理容師になろうと思っていました」先代も1966年に世界大会に出場した経験がある。その際、成績が振るわなかった先代は「日本にいるだけではダメだ。世界で学ばないと」と痛感した。そういった先代の想いもあり、のちに北尾氏が見事に雪辱を果たすかたちとなった。

 

枠を越えた美しさへの挑戦

欧州での経験から30年ほど経った現在も、重厚な雰囲気を持ったサロンづくりをはじめ、北尾氏のベースは欧州で学んだことにある。「欧州では理容、美容、健康産業などが一体となって、枠を越えて『美』を追求する姿勢があります。私もそういった観点から、『美しくなる、キレイになる』ということを、男性特化、女性特化、トータルなど様々な選択肢のなかから挑戦していきたいと考えています。店はつねに最先端のつくりで、最新の技術を提供していきたいですね」

北尾氏は自身の熱い想いを支えるタカラの存在にも言及する。「タカラベルモントは世界一の理美容メーカーだと思っています。そのような会社が、うちの近くにあるのはとてもうれしいことですよね」ゴルフなどの趣味を通じて、タカラの幹部とも、公私ともに親交の深い北尾氏。「私はゴルフとウォーキングが趣味で、タカラの皆さんともよくゴルフをご一緒しますよ。いつまでも若々しく頑張りたい。4歳の小さい息子がいるので、彼が継いでくれて、私のようにうまくスーッと波に乗ってくれることが夢ですね」

取材日:2017年10月5日

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